ナレーター山、再登頂への道

はじめまして。春18期コアクラスの小池祥子です。長〜い冬眠生活からそろりそろりと目を覚まし、数十年ぶりにナレーターの世界へと舞い戻ってきました。(正確には戻ってきたつもりです。)
私がナレーターとして活動していたのはもう四半世紀以上も昔のことで、当初は携帯電話も普及していない時代です。どんだけ昔か‥。20代前半から登り始めたナレーター山でしたがその道のりは決して平坦とは言えず、それでも自分の感覚としては7合目くらいまでは登れたかなという感じでした。ナレーター山の大変なところは折角ある程度登れても、そこに居続けるのが本当に難しい。まだ若くお姉さんと呼ばれていた頃の私はいつも悩んでいたし、企業VPなどテレビ以外のお仕事ではキャリアが磨けないととても傲慢になっていたと思います。いただいたお仕事ひとつ一つに感謝できなかった私は見事にナレーター山から滑落し、そのまま育児という、キャリアからの冬眠生活に入りました。(冬眠中は子育てを通して忍耐と人間力を学んでいたように思いますが。)やがて子供も成長しこのままそっと人知れず下山することも考えました。しかし自分からナレーターの肩書きを無くすことはとても怖かったし、何よりも「私、ナレーターとしてやり切った!」という感じが持てませんでした。
「さぁ、そろそろ目覚めて復帰するぞ!」そう思っても、もはやナレーター山の登山口すら見つけられません。当時の諸先輩方はとっくに登頂に成功し声を掛けることすらままならず‥。そこで先ずしたのが若い今をときめくナレーターの皆様と繋がりを持つことでした。SNSは本当に便利で昔に比べてコミュニティに参加するハードルはグッと低くなったように思います。そこで耳にしたのがスクールバーズの名前。「え?スクールバーズ?どんなスクールなの?」
忘れないうちに咄嗟ににその名前をググりました。そしてボイスサンプルも収録してくださるスタジオバースがあることも知り、すぐに申し込んで録音していただき、目黒先生の的確なディレクションで出来上がったサンプルで無事に海外案件を獲得。こうしてまた私は山登りを始めたのです。
しかし、いざ周りを見渡すと昔以上にナレーター山の登山道は混雑しています(笑) そして本当に上手い方が多い。これは心して登らねばならないとスクールに通っている次第です。今月受けたコアクラス・松田先生の滑舌練習などは目から鱗のことばかりでした。長音は前の音の母音を重ねる、「シャ行」を発音する時の舌の位置など改めて腑に落ちて、自分で録音した音声を聞いてみると確かに断然聴きやすくなります。 「おーー! いくつになっても変われます。」何かの宣伝文句のような言葉が頭をよぎりました。

思いがけず長文になってしまい失礼しました。スクールバーズという学びの場、先生方に感謝です。そして親子ほど歳の違うクラスメートの皆様優しくしてくれてありがとうございます。

小池祥子