第3話「声優界でのヒエラルキー」

この物語は声優からナレーターを目指す迷走の物語である、おおむね事実。


反省会の日々


レッスン後はクラスの男衆で反省会と称して集まるのが恒例だった。おつまみ3種盛り300円にギョーザ230円、生ビール330円。安くて安心、”せんべろ”が養成所生の味方だ 。(1000円でべろべろに酔えるような価格帯の酒場)毎度毎度、終電までの時間を非生産的に過ごしていた。

話すことといったら、

「今日のオレ役のアレがハマってよね」「レッドのアレは無い」「わかるー」

といった自画自賛と傷の舐め合い。

「“純”くん絶対ニーハイピンクのこと好きだろ」「キャリーケースの影薄子はコスプレーヤーらしいぞ」という不毛な噂。それに

「どうやらここだけの話、ネット情報によると、、、」出所の怪しい情報が乱れ飛ぶ。

「あーそういえば、ニーハイレッドがジャーマネから声掛けられてんの見てもうた」

軽いノリの関西人、安土寿雄(あづちとしお)が前髪を気にしながらぽろっと呟いた。

「えーーー!」「どういうこと?」(なんでこいつそんなこと知ってるんだ?)

「し、仕事なのかな、、、」一同の動揺がさざ波のように広がる。

焦りをビールのほろ苦さとともに胃に流し込む。

<ヒエラルキー、最下層での戦い席取り合戦>

レッスンが始まる直前。いつものように悠然とニーハイレッドがやってくる。さも当たり前のように、空けてある正面席に座る。

初期は皆いち早く養成所に来て、早い者から正面席を取っていく、席取り合戦が起こっていた。やがてマネージャーから声が掛かるものが出てくる。そう、“お仕事”である。逆に点呼以外では名前を呼ばれない者もちらほらと。毎回一番乗りを争っていた影薄子や地味っ子メガネは隅っこの席が定着していた。

早い者勝ちの席取り合戦は終了し、明らかなるヒエラルキーが形成されていった。


仕事への焦り


その日のせんべろ酒場は高揚感と焦燥感に包まれていた。

軽いノリの関西人、安土寿雄(あづちとしお)が”お仕事”をやってきたのだ。片隅チルドレンこと同期男衆からも唯一、“お仕事”に呼ばれたのだ。しかも劇場用アニメーションだという。

安土「モブやねんけどなーハハハ」

一同「すごいな、劇場用なんだ!」

逗子丸(モブだけど。。。ぜんぜん羨ましくないもんね)キクラゲを食いちぎる。

安土「スタジオがごっつ広くて、ばーマイクが立ってんねん。スター声優さんたちが後ろにおんねんで!ビビってもうたわーハハハ」

そんな感じの陽気なお土産話。しかし正直まったく耳に入ってこなかった。なんにせよ、これで安土は所属レース1歩リード。だが羨ましくはない、羨ましくはないぞ。むしろ現場についての貴重な情報を与えてくれるからありがたい、そう思うのだ。でもちょっと羨ましい。

悔しさと焦りとキクラゲをビールで流し込むのだった。


ワークショップ


養成所のスタジオレッスンはパク合わせ(絵の口元に合わせてセリフを言う)やマイクにスムーズに入るなどはあったのだが。肝心の演技や表現などについての指示・ダメ出しというものはほとんど無かった。正直演技が不安だ。

「所属レースに出遅れたまま、養成所が終了してしまう」

演技レッスンを求めて、養成所の外に演技の練習が出来る場所は無いものか、、、ネットで出てくるのは聞いたことも無い声優のワークショップばかり。それでも、とにかく行ってみよう。と初めてのワーショップへと参加してみた。

とある公民館の一室、ワークショップはそこで開かれていた。常連と思しき人たちが数人。内容は演技というよりナレーション中心だった。自分の声と間で読み上げてくのって意外と面白いかもとそれなりに満足するのだが。

常連の一人、ストップチャンの二郎。大御所声優が主催の事務所に所属している。

次郎「きみ、新しい人だよね。どっかの事務所の人?」

厨子丸「ラムチョップの養成所に通っています」

次郎「あー、あの弱小事務所ね。はいはい。そういえばこの間のカイザー&ハニー、見た?」

厨子丸「いや、ちょっと見てないですけど」作り笑いでいなす。

次郎「この間いったカイザー&ハニーの現場がさぁ、、、」

「へー、スゴイっすね。現場スゴイっすね」周りが次々もてはやす。

次郎「ダメだよちゃんと勉強しないと。俺、第2話で強盗2役で出てるから」

次郎「それからさー、君の場合はさぁ。もっとパッションを、バシッとね」

厨子丸「そっすねぇ。えへへ…」

卑屈に笑ってはみたものの、キモイ。女性受講者にも馴れ馴れしい。初対面から現場の自慢話とマウンティングとか、ちょっとお友達にはなりたくない人だ。そして マ ウ ン ティングネタが『モブ』俺が仮にカイザー&ハニーのファンだったとしても、強盗2のキャストなど覚えていない。声優ってこんなマウンティングゴリラしかおらんのかい!と心で叫んだ。

いよいよ次回 ついに、ついに、ついに!逗子丸にも仕事が!



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