第4話「初めてのお仕事」

この物語は声優からナレーターを目指す迷走の物語である、おおむね事実。


逗子丸、戦国に舞う


同級生が仕事をし始めるのを横目にし、マウンティングを作り笑いでかわしながら、キクラゲとビールで無為に過ごす日々。

そんなある日。マネージャーから呼び止められた。
「来週、仕事お願いするよ。戦国物で」
ついに、ついに、ついに、逗子丸(ずしまる)にも仕事の声が掛かった!!

この日が来た!今日“声優”としてデビューするのだ!
抑えれぬ興奮からか収録の時間まではまだ5時間はあるのというのにさっささと家を出た。向かったのはカラオケボックス。
念入りに発声練習をし、好きな”ゆずの「夏色」”でテンションを上げ、「泣かぬなら殺してしまえホトトギス」と武将のセリフを途中に入れて役になりきる。

スタジオは想像していたアテレコスタジオとは違った。バスケットコート半面ほどの広さの室内運動場のようなところに数本のマイクが立っていた。そのマイクの周囲に、散らばって録るという音素材の収録ようなお仕事だった。


俺は部持田(べじた)様だ!


スタジオに呼ばれていたのは男20人。同期や先輩などもいるようだ。厨子王はやはり気後れしている片隅チルドレンの男衆と隅っこに固まっていた。だが、安土寿雄(あづちとしお)は違った。
安土「おッ!パイセンもいてはんねんや(モミモミ)」といつもながらの溢れ出る軽さと揉み手で、先輩らしき人と親しげに話をしているではないか。
相手は部持田(べじた)先輩。一期上のイケメン・イケボでそこはなとなく王子感があふれ出ている。しかもあの黒山椒の大のお気に入りともっぱらの噂。安土とは仕事で一緒になったことがあるという。

厨子王「はじめまして。ず、ずしまるです。は、初現場なんで、宜しくお願いしまーす。えへへ。」売れっ子には、なぜだか卑屈になってしまう哀しいサガが我ながら憎い。
部持田「あ、そう。」上から目線でチラリ。
そう言うと、音響監督を見つけて小走りに駆け寄っていった。
なんじゃそりゃ、メッチャ俺様感出てるやんけ。黒山椒のお気に入りだからって別の世界の住人のつもりかッ。こっちだって全然興味なんて無いんだからネ!と心のなかで必死の抵抗を試みる。


いざ合戦場へ!


そんなこんなで、収録スタート。内容は“戦国物”をテーマにしたパチスロ機のお仕事。合戦シーンの歓声や怒号、やられ声などを叫ぶ”ガヤ”として呼ばれたのだ。

ここで解説
【ガヤ】声のエキストラ。もちろん役名はない。セリフではなくその場の背景音として使われる。ガヤガヤという擬音から来たのであろうか。クレジットは出ない。
【モブ】役名ではなく職名で呼ばれる。警官2とか生徒3とか。「おい待て!」「先生おはよー」など一言二言はあるがセリフ未満といっていいだろう。クレジットには出る。

音響監督の説明が始まる。
『君たちは戦国時代の合戦で戦う足軽だ』
『雄叫びをあげながら進軍』『勝ちどきを挙げる』
『しかし敵の反撃に会いバタバタとやられていく』
『それでー、ここからが大事なポイント。死んだのち”ゾンビ”となって再び襲いかかる』というざっくりとした設定だ。
逗子丸(俺にとっては初仕事。悔いのないようにやり切ろう)
部持田「チェ、ガヤか。。。」

「うぉー!」「いけー!」「ごらー」「うぎゃー」「ぐごごご」「ガオガオ」
掛け声や悲鳴、怒号、呻き声を張り上げるのを延々と繰り返す。やがてスタジオは声だけでなく姿まで全員がゾンビとなっていた。
「OKでーす。頂きましたー、お疲れ様でーす」
収録は結構な時間を要した。喉がヒリっとするが、たいして気にならなかった。
とにかく全力でやり切ったのだ。そんな充実感に浸る厨子王だった。


抜けがけした安土


収録後のせんべろ酒場はいつもより豪華だった。なにせ数千円とはいえギャラが出るのだ。仕事の後は発泡酒でも格別な旨さ。祝杯ってこう言うことなんだ。初仕事の達成感と喜びの実感がこみ上げる。皆どこか誇らしげだった。ぐんぐん成長して早く立派な声優さんになる!そう心に誓う厨子王であった。

「ぷはー」ジョッキが一気に空になる。いつものように今日の自画自賛から始まる。
「戦闘シーンの声のリアルさがさー」「あのゾンビのうめきは迫力あったよね」など

「そういえば安土は部持田先輩と仕事したの?」
安土「あーまあ、、、モブの仕事で1,2回やったかな。まあ言うてもモブやけどハハ」
「えーいいなー、モブかー、セリフあるんでしょ」
すでにモブとガヤの格差は皆も薄々は感じていた。底辺だが。

「噂では安土は特別レッスンを部持田先輩とやってるって話だけど、、、」
一瞬場がシンとなる。
安土「ここだけの話やで。なーんか三年坂(さんねんざか)マネージャーに呼ばれてんけど、どないなるかまだ分からへんわ」

なんと安土は「ラムチョップ事務所」のアイドルに選抜されていたのだ。これで所属レース1歩いや2歩リード、いやもうすでに勝ち組入りだろう。それに比べて俺たちに残こされた時間はあとわずか。

帰り道には、酔いと共に高揚した気分もさめ、なんだかちょっぴり寂しい気分になっていた。うつむいて歩いていると口をついて出てきた。
「この長い長い下り坂を ゆっくりゆっくり下ってくー」

次回まさかの逗子丸に淡い恋!?

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