第5話「淡い恋!?」

この物語は声優からナレーターを目指す迷走の物語である、おおむね事実。


練習場所


初めての仕事を終えた。充実感を感じると共に、声優界のガヤとモブのマウンティングに困惑し焦る逗子丸(ずしまる)であった。
 ドドドドドッと大量の水が勢いよく流れていく。自然公園にある小さな滝。
「あ、え、い、う、え、お、あ、お……」「おあややおやにおあやまり……」「アメンボ赤いなあいうえおーー!!」
マイナスイオンを吹き飛ばす勢いで逗子丸(ずしまる)の声が響く。

 声優を目指す者にとって練習場所の確保は地味に大問題だった。住んでいた場所は住宅街のど真ん中。部屋で発声練習などしようものならご近所迷惑は必至。セリフの練習などもっての他で、
「ふはははは..この核弾頭は頂いていく!」
「素子ォォォオオオーーーーー!」
通報確実なのである。

お金も掛からずに、周囲を気にせずに声を出せる場所は……たどり着いたのが、この公園の滝であったのだ。
「お前ははもう死んでいる‥」
「うぎゃー」「ぐごごご」「ガオガオ」(ゾンビの練習も入れておく)
「ふ~じこちゃ~ん!」
叫び声は滝壺へと落ちる水の音に紛れた。養成期間も残す所あとわずか。預かりになって事務所に残れるかどうか。セリフの練習に気合が入っていた。


もしかして…淡い恋!?


夏が過ぎようとしていた。昇格審査の直前のレッスン。運命の日はもうすぐだ。緩やかに緊張感が漂っていた。授業が終わり、みなそくさくと帰っていった。どうせ”せんべろ”に集うんだろうけど。。。皆に取り残され一人、トボトボと向かう道すがら。

いきなり腕がむぎゅっと掴まれた。
逗子丸「?…むぎゅ?」
レッド「ニャハッ☆ズッシーおつ〜」
逗子丸「や…やめて下さいよっ!(ム、胸がっ)」

逗子丸の腕にニーハイレッドが飛びついてきたのだ。レッスンでの突然のアドリブに、黒山椒社長や三年坂女史の前での失態を演じてしまった。(第2話参照)そうあの女豹ニーハイレッドである。彼女は安土寿雄(あづちとしお)と共にマネージャーたちに気に入られ、すでに一つも二つも抜けた存在になっていた。

レッド「ズッシー!またアドリブやろーね☆」
逗子丸「聞きません!もう聞きませんよっ!」
レッド「エーッ!黒山椒社長も『逗子丸のやる気は認めよう!』って…」
逗子丸「まさか。ホント⁈ホントにーっ!!!」
(絶対ウソだとわかっていてもちょっと心が弾む)
レッド「言ってた”カモ”なのだ。ニャハッ☆(むぎゅ)」
レッド「ねえねえ、ズッシー……おんぶして☆」
逗子丸「え?突然どうした?」
レッド「ズッシーに〜おんぶされたいョ」
逗子丸「ちょ…やめて、、、おも」
レッド「重くねーーよッ!(バシッ)」
逗子丸「……ハイ。重くは…ないのかなー(汗)」
レッド「ワッ!ズッシーの背中広くて頼りがいあるね☆」
逗子丸(わーなんだか、あったか、柔らか、いい匂い)
レッド「よしっ!走れ、ズッシー!!」
逗子丸「いきまーーす!」(ダメだ、完全にマウントられてる)
よたよたと夜の街を駆け抜けていく逗子丸。
レッド「うう…ヒック(むぎゅ)」
逗子丸(え!えーー!なに?泣いてるの?なぜ、なぜに?)

俺の胸じゃなくてなぜ背中?胸でも動揺するけど。。。激しく困惑して心臓が音を立てる。昇格審査も確実に思えるニーハイレッド。彼女にも、のし掛かるプレッシャーがあったのか。それとも…。
きっと彼女には彼女のドラマがあるのだろう。私にも私のドラマがある。

夜とはいえ街の熱はまだ冷めていなかった。まとわりつく湿気には涙の分も含まれていただろうか。何も変わらない街並みを、彼女を背負いさまよう。またあの歌が口をついて出てきた。
「この長い長い下り坂を ゆっくりゆっくり下ってくー」
逗子丸とニーハイレッドの明日は一体どうなってしまうのか。

次号。この二人の話は一旦置いて。アナザサイドからの物語が始まる!

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