第6話 「アナザーサイド声優への道」

この物語は声優からナレーターを目指す迷走の物語である、おおむね事実。


アナザーサイド声優への道


とある関西の田舎町から、声優を目指すもう一人の男がいた。安土寿雄(あづちとしお)
「声優やったら台本覚えへんくて良さそうやし、仕事も手ぶらで行ってマイクに向かって喋るだけやろ?絶対楽やん、、、これや!!」
真面目に目指している声優志望者からは唾を吐かれるであろう、全くもって不埒な輩。でもちょっぴりビビリ。そんな彼の物語を始めよう。

彼が入ったのは、黒山椒(くろざんしょ)社長率いる新進の声優養成所【ラムチョップ】だ。
迎えたレッスン初日、まず目についたのが赤、黄、青、ピンク。色とりどりの蛍光色を足にまとったニーハイ女子達。今まで出会ったことの無い人種にポカーン。男性はと言うと地味目の兄ちゃん2人とソフトモヒカン君、そしてなぜかサラリーマン姿の逗子丸弘(ずしまるひろし)。

情報通の蛍光タイツ軍団であるニーハイ・ピンクが声をひそめた。
ピンク「1年後の昇格審査で上がれるのは養成所時代に仕事してる2-3人だけらしいよ…ニーハイレッドは経験者でもう現場行ってるらしいし」
学び始めてまもないのに昇格審査が始まっているなんて。でも絶対抜け出して昇格してやると心に決めた。


男性一番乗り


養成所に入所して数ヶ月たったある日、唐突に社長に呼び止められた。
黒山椒「仕事があるんだがお前行けるな?」
安土「え!!は、はい!!」
(ついに俺の番が来た!と小躍りしたのもつかの間)
黒山椒「返事は”はい”だけだ。今までの人生で頭使ったことあんのかっ!」
安土「はい!」
黒山椒「そこ”はい”じゃねーだろ!!お前の人生の薄っぺらさが滲み出てんな」
安土「はい!」
黒山椒「今回はモブだから調子にのるなよ!」
萎縮しながら「はい!」しか言っていないが、調子に乗った感があったのだろうか?声優を舐めていたことに気づかれたのか。心をえぐって、踏みつけて、ミキサーにかけて、下水に流す黒山椒社長からの罵声(ダメ出し)はその後も続いた。

なにはともあれ「お仕事」への声かけは嬉しかった。なにせ男性では一番最初に声がかかったのだから。しかもその仕事ははなんと!劇場用のアニメーション!全くもってのマイナー作品とはいえ劇場用だ。いったんは縮み上がったハートも、いきなりの大きな仕事に踊リ始めた。


初現場はモブ


初めての現場に緊張しながらもスタジオに入ると、黒山椒社長と音響監督が談笑していた。
(現場に社長、来てるんだ)恐る恐る挨拶をした。すると「ちょっと来い」と腕を掴まれ外に引っ張り出された。
「お前、俺に挨拶してどうするんだ!お前は何も考えてないのか!?」
それだけを言い捨て中に戻っていった。
(ここは音響監督に挨拶しないといけなかったのか。と後悔)
タイミングを見計らい監督に挨拶に。すると、それを見た黒山椒が無感情に近い凍てついた笑顔で手招きをしている。駆け寄ると耳元で一言
「余計なことすんな」
初めての仕事という緊張すら飛び越え、挨拶だけで怒られる恐怖。何をどう立ち居振舞ったら良いのか全く見えない。

初めてのアフレコスタジオは輝いていた。整然と並ぶマイクに、キラキラの男女のアイドル声優が絵に声を当てていた。安土は他の声優たちと掛け合いはなく別録りだった。(単独でセリフを入れること)
「ははは、まじかよー」「今日、来れないってさー」
アドリブに近い2つだった。モブというよりはほぼガヤ(エキストラ)。

収録が始まってすぐ、黒山椒はスタジオを後にしていた。初現場の達成感というよりは、恐怖から解放された安堵感が勝ったかもしれない。収録があっさり終わりとにかくホッとした。

スタジオから出るとそこには部持田(べじた)三郎がいた。【ラムチョップ】の先輩でイケメン・イケボでそこはなとなく王子感があふれ出ている。黒山椒お気に入りの超有望株ということで思い切って声をかける。
安土「部持田さん!!あの新人の安土です。宜しくお願いします。」
部持田「あ、そう。せいぜい頑張って」
上から目線でチラリ。素っ気くそう言うと、その場を去っていった。あまり人に興味がないのか。それとも、まとわりついてくる後輩なんかうざいのか…


アイドル声優ユニット


半年が過ぎたある日、安土の環境は一変する事となる。
またまた黒山椒社長に声をかけられたのだ。
黒山椒「今度、男性声優ユニットを作ることになって…やるよね?ってかお前に拒否権はないか(笑)」

(実力ない俺にも一本の蜘蛛の糸がぶら下がった!社長の態度は怖いけど、ちゃんと俺のことを目にかけてくれてたんだ。これで所属審査にも通り、立派な声優になれる!)

安土「はい!ありがとうございます」
黒山椒「まぁ、随時入れ替える予定だし、早々に脱落しないように頑張って。ちなみに君の実力ダントツで最下位だから。それから三年坂(さんねんざか)がこのユニットの担当するから」
三年坂「よろしく。ビシビシ行くわよ」
三年坂女史の仕事で失敗すると、確実に3年は干されると噂のマネージャーだ。

「随時入れ替える予定だし」言葉がこだまする。所属への切符なんて考えが甘かった。むしろ期待を持たせたところで、脱落させるなんて、この人たちなら十分あり得る。しかも俺が一番下手…いや絶対そうに違いない!!!
恐怖からかみぞおちの辺りが何やらグッと沈んだ。

次回、声優ユニットの地獄のレッスンが始まる。

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