第9話 「精神修養の日々」

この物語はナレーターを目指す迷走の物語である。おおむね事実。


同期のその後


預かりになったはいいが、日々発声練習以外することはなく無為に過ごしていた。声優は何と言ってもセリフが大切なのに練習相手がいない。ここは養成所同期のみんなにメールでも送ってみよう!みんなまだ声優への道を諦めないと言っていたから、もしかしたら…

逗子丸メール「お久しぶりです!突然ですが稽古のお誘いです。お時間あったら一緒にセリフ合わせなどしませんか?」すると返信は

イエロー「自分が預かりになったからって上から目線ですか?勝手に勘違いしないでー!わたし、もう舞台に出ることが決まってるんで!もう、やだ!気軽にメールしないで!」
因縁のニーハイイエローの反応は、以前と全く変わらずであった。彼女は小劇場の舞台へと進んでいた。有名作家の有名作品をこの道40年という超無名役者が演出するという。闇が深い。

純「ごめんなさい。実は僕、Pになることにしたんです。え?ボカロですよ、ボカロP!ワラワラ動画とかようつべからメジャーになるんです!」
純朴100%の純(北の国から)くんは声優志望からボカロP志望へと、別のサブカル路線へと進んでいった。闇が深い。

影薄子「すみません。バイト先のガールズバーで知り合った方が業界の方で、うちの事務所からアイドルデビューしないかっていうんで……」
キャリーケースの影薄子は『地下アイドル』へ。「俺、有名歌手の◯◯と知り合いだから」というテンプレな口説き文句で、始めっから地下路線確定。闇が深い。

ニキビ「新しい養成所に入るのに借金してて、バイトしないと返済ヤバくって……あのー相談ですけど、入学金貸してくれませんか」
ニキビくん。順調に養成所から養成所へ、ジプシー生活。おまけに少し貸してしまった。その後、彼とは連絡は取れなくなった……闇が深い。

他のみんなも「次の養成所へ入るから」ということだった。結局、稽古に付き合ってくれる人は見つからなかった。

「仕方ない。気を取り直して、ひとりでやれるだけの稽古をしておこう」
こうして一人、稽古場所の公園の滝で好きなアニメのセリフの練習をする逗子丸だったが、
「なんだとおオォ~ッ!ブッ殺す!!」「おれは人間をやめるぞ!ジョジョーッ!!」「ディオ!きさまを殺すのだッ!」
一時間後、職務質問されて怒られた。魂の叫びは、お巡りさんにしか届かなかった。


アイドルを見るだけの簡単なお仕事です


そんなある日、一本の電話が。実に3ヶ月ぶりの事務所デスクからの電話だった。
「“明日から毎週レッスンを見に来い”との社長からのお言葉です」
そう、同期の安土(あづち)が参加している”あの”声優アイドルのレッスンのことだ。練習相手のいない苦境を見越してのことだろうか。

実際は、、、ただ隅っこでレッスンを見学するだけだった。そういえば古い劇団などは、役のない新人は稽古をただ見るという習わしがあるという。目の前でキラキラのアイドル候補たちが歌い踊る。

この間までは同期だったはずの安土は輝いて見えた。部持田(べじた)先輩もイケメン、イケボのオーラをまとっていた。他のメンバーたちは細い中性男子、マッチョなスポーツ系、売れっ子声優もどき、爽やか声の高身長。これでもかというほど、売れ筋を網羅している!まぶしくて見ていられない。

むむむっ。きゃつらめ、俺なんて毎日公園の滝でお巡りさんを気にしながら、ういろう売りを唱えているというのに!別に羨ましくはない、俺の路線(老け役)とは棲み分けだもんね。断じて羨ましくはないぞ。しかし3時間、ただ床に座って見ているのは辛い。やっぱりちょっと羨ましい。きっとこれは精神修養のためなのだ。

レッスン終了間際
「逗子丸!じゃあ今やってた早口言葉をやってみて!」
逗子丸「は、はひ!赤巻ぎゃみ青巻きマキ」
「何のために来てるんだ!ただ座ってたのか!ぼーっと生きてんじゃねー!」
逗子丸「すみましぇん!」
精神修養の道は果てしなく遠かった。


出頭命令


意気消沈の日々に事務所からの出頭命令が。ただただアイドルのレッスンを眺め続ける精神修養に痺れ果てていた頃だった。「さてはいよいよクビなのか」と暗たんたる気持ちで事務所へ入ると。
黒山椒(くろざんしょ)「仕事決まったから」
逗子丸「え?お仕事?お仕事ですか!!」
黒山椒「そうだ。ゲームのキャスト。決まったから」
逗子丸「ゲ、ゲーム….!!!」
なんという甘美な響きだろう。ゲームといったら当然メディアミックス!ドラマCDにイベントにアニメ化だ!これで一山当てるのだ!!
 キャラは帝国軍総統(実はヒロインの父)
キタコレ!ダースベイダー的なやつ!根強いサブキャラ愛を持つマニアに長く愛されるポジションに育っていくかもしれないじゃないかーー!ぐふふふふ。

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