第15話「ラムチョッパーズの行方」

この物語はナレーターを目指す迷走の物語である。おおむね事実。


<唐突に去りゆく>


三年坂「あ、そうそう一番人気がなかった子はバイバイだから頑張ってね」
マネージャーの三年坂(さんねんざか)女史の声が頭の中でこだまする。
重圧が重くのしかかる中、収録から数日して着ボイスが配信された。
その翌日。いつものようにレッスンだった。
「おはようございます!」
学ランを着た高校生が元気よく挨拶をした。
三年坂「今日は新メンバーを紹介するわ!みんなせいぜい抜かれないように頑張ってね!次から次に若い子くるからね笑」
学ラン「これからよろしくお願いします!」
安土「ちょと待ってください!マッ…」
マッチョがいない。あんなに白熱の演技をしていたマッチョが。
あの時、ちょっとだけキュンとしてしまったのに。。。
次は自分だ。一同の顔が少し引きつった。
そんな動揺を、三年坂はするりと受け流し、いつも通りのダンスレッスンが始まった。ダンダンズパパーン!ダンダンズパパーン!
このままじっとしていたらプレッシャーに潰されてしまう。
とにかく何か行動せねば。少しでもアピールしよう。でないと死が待っている。それにはボイスサンプルだ!そのやる気を認めてもらおう。それしかない!慣れないながらなんとか宅録した。
安土 「あのー三年坂マネージャー。少しだけお時間いただけますか、、、」
三年坂「何?なんか用事?まったく次から次に。。。忙しいからとっとと用件を言って」
安土 「ボイスサンプル作ったんで社長やマネージャーはんに聞いてもらいとーて、今日いはります?」
三年坂「あんた、預かりの分際で社長にすぐに会えるとでも思ってるの?」
安土 「あーそりゃ、そーですよね…」
三年坂「まぁ、いいわ、私が聞いてあげるからサンプル出して」
ボイスサンプル『安土寿雄です。ちくしょー、あいつらめもう追いついてきy』ブチッ
三年坂「これ以上聞く価値無いわね。はい、帰っていいわよ」
安土 「えっ、な、何かアドバイスとかありまへんか?」
三年坂「アドバイス以前の問題ね。よかったわね先に私が聞いて。こんなの社長に聞かせたらソク首だよあんた笑」
安土 「で、ですよねー!ありがとうございました。いやぁ命拾いしましたわ、命の恩人ですなぁ!ほな失礼します!」
明らかに興味のない態度。傷つかないように無理やりおどけた自分が余計に惨めだ。


<冷淡さと慟哭と>



肩を落として事務所から出ると。どこからか嗚咽のようなものが聞こえてきた。「くうっ うっうっ…ひぐっ…お、ぅおっー!」
最初は声を押し殺してはいたが、やがて抑えきれなくなって、慟哭となっていった。それは部持田(べじた)先輩だった。
いつもプライドが高く尊大で、ときに冷淡だった彼が泣いている。
何故、なぜに?その時はまだ分からなかった。たじろいだまま、かける言葉が見つからない。事務所の外壁に突っ伏したまま慟哭は続いている。
安土はその場をそっと離れた。振り向かないように。この時の部持田の気持ちがわかるにはもう少し後になってからだった。
マッチョそれから部持田先輩が立て続けに抜けた。
「ラムチョッパーズ」週一のレッスンもいつの間にか月に一度に減った。
もう見捨てられたのかもしれない。
預かりになって2年、呼ばれるのはたまのモブ仕事だけだ。
その仕事が声優としての唯一の存在意義。
セリフが2つあるのか3つなのかで一喜一憂する。
アイドル声優になる目標が、そんなことにすり替わっていた。
悪夢を見る回数が増えた気がする。もう心が持たない。決断の時が来ていた。

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