第16話「預かりの群れと決意」

この物語はナレーターを目指す迷走の物語である。おおむね事実。


<新星の台頭>


逗子丸(ずしまる)は声優事務所【ラムチョップ】に来ていた。
年に一度の預かり全員集合の日。今年で3回目だ。
コンクリート打ちっぱなしの社屋に新旧入り混じった4-50人ばかりの人がごった返していた。見知った顔も知らない顔も。幾人もが消えまた入る。またここからのレースの始まりか。逗子丸は辺りを見回し、短くため息をついた。
いつものように蛍光タイツで情報通のニーハイピンクが寄ってきた。
ピンク「この前のゲームひどかったよね。あんなに頑張ったのに。プンプン」(注:10,13,14話)そう桃尻桃子と帝国軍総統で頑張ったエロゲのことだ。
逗子丸「まあ声優界ではよくあるってコトさ。フフン(ぐぐぐやしー)」
ピンク「そういえばあそこにいる新人。最近の社長のお気に入りで、たまに一緒に飲んでるらしいよ」
壁際にシュッと立っているスカしたイケメン、横須賀優男(よこすかやさお)だ。
逗子丸「オレなんて、社長と一緒に飲んだことなんて一度もないもんね。フン!ダ」
そこにニーハイレッドが登場。
同期には目もくれず、優男のもとにつかつかと歩み寄る。
レッド「あら優男くーん(むぎゅ)この前の収録楽しかったね!ニャハッ☆(むぎゅ)」
(むぎゅ)って何だ、(むぎゅ)って!!優男もはにかんでいるではないか!けしからん!
ピンク「レッドちゃんメインどころでアニメ番組のレギュラー取ったんだって。もーすっかり売れっ子声優の仲間入り。事務所でもトップクラスだしなー。うぐぐーうらやまじーひー」
逗子丸「まあまあ落ちつて。ピンクだって本数はこなしてるんでしょ(アダルトものだけど)オレなんて…」(いろんな言葉は飲み込んだ)
ピンク「そういえば!部持田(べじた)先輩なんだけど、事務所辞めたんだって!その後、風俗嬢と付き合って、知らない声優事務所に行ったんだって」
部持田先輩にはあまりいい思い出がなかったが、事務所が押している声優アイドルグループ「ラムチョッパーズ」の筆頭格だったので少しオヤ?とは思った。
逗子丸「そういえば”ライバル”の安土、見かけないなー」
ピンク「いやいやいや、”ライバル”じゃないっしょー。向こうはアイドル候補だし」


<去りゆくは一瞬>


その頃、安土は黒山椒(くろざんしょ)社長と対峙していた。そう、最後の挨拶をするためだ。心臓が口から出そうなくらいばくばくする。
黒山椒「安土か。何?言いたい事があったら要件を手短に!」
安土 「今日でラム・チョップをやめよう思うとります!今までありがとうございました」
黒山椒「あ、そう。売ってやれなくて悪かった。ではお疲れ」
安土 「あ、はい…し、失礼します!」
養成所から何ともあっけない3年間だった。「辞めます」といった後どんな罵声を浴びせられるのか、それを想像すると、胃の底がキュッとなって結局朝まで寝れなかった。なぜだか今日の黒山椒には一片の優しさすらあった。一挙に気が抜けた。
安土「…ははは、何やねんほんまに。」何だかよくわからないが妙に笑いが込み上がる。と同時に涙もあふれてきた。
事務所を出るときに逗子丸とニーハイピンクに呼び止められた。
安土「いま事務所辞めてきた」
それだけ言うと足早に事務所を出た。
逗子丸「辞めたって!おい!安土いったいどうしたんだ!」
逗子丸は思わず安土の元に駆け寄ろうとした。ピンクがとっさに腕をとった。
ピンク「そっとしておいてやりなよ。きっと色々あったのよ…」
そう言われればそうだ、駆け寄ったところでかける言葉も見つからなかった。
安土の頭の中は真っ白だった。心も空白なはずだったが、思わず事務所の外壁に突っ伏して嗚咽した。そのまま慟哭となり泣き続けた。
しばらくして。安土(あれ、なんや誰も追いかけてけーへん…冷たいなー)
これからの事は何も考えていない。ただ、ふと見上げた空はとても青く眩しかった。
次回 安土が向かう先は天国か地獄か!?

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。