第13話 「打ち上げの流儀」

第13話 打ち上げの流儀この物語はナレーターを目指す迷走の物語である。おおむね事実。


<収録後の打ち上げ>


ついに声優デビュー。といってもアダルトゲームに裏ネームで裏デビューした逗子丸(ずしまる)だった。「銀河痴女伝説ー巨砲一発!!」アダルトゲーム、通称エロゲ(子供は見ちゃダメなゲームのこと)収録は無事終わった。ゲームにしてはめずらしく打ち上げが行われるという。「ラムチョップ」事務所からは逗子丸にニーハイピンクと部持田(べじた)先輩が参加することに。部持田とは収録が別で、打ち上げで初めて顔を合わせた。エロゲの収録に限らず、ゲームの収録では声優が一同に集まることはあまりなく、声優1人1人を個別に収録していく所謂”抜き録り”が主流だからだ。こうして打ち上げ会場、居酒屋《草草》へ集まった。20人程度の声優や音響監督を含めたスタッフたちだ。逗子丸「いやー別撮りでよかった。”あーん”とか”いやーん”とか先輩と一緒に収録すると恥ずかしいですもんね!」部持田「アホが。とにかく今日は俺に恥をかかせんなよ!」分かってはいたが相変わらずの塩対応だった。そこに情報通のニーハイピンクがなにやら聞いていたらしい。ピンク「なんかですね、今日は作家さんを囲んでの打ち上げらしいんですよ」部持田・逗子丸「そうなのか!」ピンク「エロゲの神”ちぇりーぱんち”さんです!お近付きにならなくっちゃ!」逗子丸「よーし他事務所よりも作家や音響監督に近い席を穫るぞ!」きたぞー元サラリーマンの接待経験を活かす時がきた!鼻息がちょっと荒くなる。音響監督「いやー、センセ。今回の脚本もサイコーでした。描写の迫力が違いますよねー」ぱんち「いやいや、まぁまぁ、ね。ふふふ」ここだ!このタイミングだ!ビールをお注ぎするのは!逗子丸「帝国軍総統役のずし…」とビンを傾けようとしたが。音響監督「ほらほらピンクちゃーん、センセーにお注ぎして!」ピンク「センセー、どうぞ。桃尻桃子役のピンクでーす^^センセーの作品に一度出たかったんです。はぁと」ぱんち「おーホントにー。嬉しいなーおっとっと」一気に飲み干す。ピンク「センセーお強い!」女性声優たちによってあれよというまに、作家と音響監督が取り囲まれた。これでもかというテンプレよいしょの嵐で、場末のキャバクラは出来上がった。音響監督がしきりに向こうに行けと目で訴えてくる。声優たちが作家・音響監督に取り入ろうと狙っていた打ち上げ。実のところは音響監督が女性声優を使って作家を接待する場だったのだ!


<席の端っこ>


結局、別の長テーブルに追いやられた。向こうからは嬌声と笑い声が響いてくる。こちらといえば、似た境遇の、エロゲが多いと聞く他事務所の男性声優が背を向けて固まっていた。なんだかいつものせんべろ酒場の空気が漂う。イヤな先輩の代表格である部持田でさえ、同じ境遇ともなれば、少しだけ親しみがわいた。声優X「ところでセリフはいくつあったの?」声優Y「3つかな」声優Z「あーオレ4つ。ラムチョのずっしーは?」逗子丸「役は帝国軍総統で偉そうなんでけど、2つです」声優X「オレ6つ。これってメインに近いのか!?あはははー」明らかに年下なのにタメ口で、こちらはなぜだか敬語になってしまう。エロゲ底辺のここでもマウンティングが。「あーんいやーん。もーセンセーったらー」酒が回ってきたのか一段と派手な嬌声と笑い声が響き渡ってくる。声優X「あの露骨な取り入りかた。ホント恥ずかしくないのかなー」声優Y「あの音響監督いつもああなんだよ。作家さんも好きそう」声優Z「男性には厳しくって、女性には甘い」逗子丸「ホントですね。収録でも新人だと思うとネチネチリテイクしてくるし」部持田「それはお前がヘタだからだろ。同じ事務所の俺まで迷惑なんだよ!」親しみを感じた自分が馬鹿だった。自分用に頼んでおいたキクラゲを思いっきり噛み千切る。部持田「ここでだべっててもしょうがない。ビール注いでくるわ!」瓶を無造作につかみ作家の席に近づくも、そこで立ち尽くしてしまった。女性声優たちのガードによってその隙は与えられなかったのだ。部持田「クソッ、あの女狐どもめ!それに音響監督も!」苛立ちが言葉と表情に現れた。そこに情報通のニーハイピンクが高揚した顔で駆け込んで来た。ピンク「大変大変!なんか、この作品が18禁じゃなく一般作で作られることになったんだって!!しかも大手ゲームメーカーで!」

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